私が行政書士になったワケ

プロフィール
海老澤 祥司(えびさわ しょうじ)

玉川大学中退後、様々な職を経て、起業と廃業を経験し、その後、代議士秘書となる。代議士の秘書時代に、お役所の対応に疑問を感じ、行政書士となる。1997年に海老澤行政法務事務所を開業。翌年からは、ファイナンシャルプランナー(FP)事務所を併設。法律とお金という中小企業の経営になくてはならない知識と情報を発信し続けている。

2003年から、つかえる法律研究会を主宰。中小企業が、法律情報を素早く掴み、法律をマーケティング、マネジメントなどに活かしてく方法を紹介しながら経営相談、コンプライアンス、CSRなどの相談に応じている。

大学中退の私が行政書士になったワケ

 私の学歴は、大学中退です。法律家というとほとんどが大学の法学部を出ています。私は、中退で、しかも法学部ではありませんでした。工学部です。法学部からもっともかけ離れた学部かもしれません。そして、大学を中退してからは、いろんな仕事をしてきました。でも、キャリアを積んだということではないんです。いまでいうフリーターでしょうかね。いくつかは正式な社員として入社もしましたけど、ほとんどはアルバイトでした。乗馬のインストラクター、レストランのウェイターから支配人、バーテンダー、やきとりやの調理人、自動車や電機メーカーの工場作業員、引越作業員、トラックの運転手などなど。それから、起業もしました。お花やさんをやってみました。お店を借りるお金なんてなかったので、車で移動販売です。一応は立派な起業家だと思ったのです。ところがぜんぜん売れなくて、売り方も知らなかったし・・・。あっという間に廃業となってしまいました。その後に、高校時代の先輩の関係で代議士の秘書になりました。この仕事が行政書士となるきっかけでした。

 私が行政書士になったワケにはいくつか理由がありますが、その動機のひとつが、代議士の秘書をしていたときに感じたことです。それは、お役人が権力者(議員)に対する態度と、一般市民に対する態度というのがあまりに違ったのです。それを解消したいという強い思いがわき上がりました。

 私が代議士の秘書として議員会館にいるときは、各省庁の事務次官(お役人の世界では最高責任者であり最高の権力者です)がきて、私に頭を下げて、「これこれについてご説明させてください。」とくるのです。(もちろん、私「個人」にではなく「代議士の代理」としてですよ。)しかし、私が普段、一市民として市役所に行ったりすると、「これは、ここじゃない。あっちにいけ」とか「あれがないとできないからもう一度出直してこい」とかいわれるわけですよね。このような態度のギャップを埋めたいと思うようになったのです。それには、どんな方法があるかと考えると、私自身が権力者になるか、権力者を動かせるほどのお金持ちになるか…。ちょっと両方ともできそうもなかったですし、そうなりたいとも思っていなかったので、それなら、知恵をつけるしかないと思ったのです。そして、法律を勉強し、行政書士になりました。もちろん勉強慣れしていませんでしたから、試験に合格するのは大変でした。行政書士試験3回目でやっと合格しました。

 とにかく、こうした経験があって行政書士になったので、特定の権力者やお金持ちだけがトクをするような世の中にはしたくない!正直者がバカをみない世の中にしたいと強く思っているのです。こうした思いから、私に何ができるのかを真剣に考えました。私の専門は法律です。しかし、他の多くの法律家とは違うところがあります。ずいぶんと横道にそれて、遠回りをし、働く現場をたくさん経験しました。起業と廃業までも経験しました。そして、国会で法律のできる過程を知りました。これらは、それなら、最新の法律情報、実際の仕事に役立つ法律情報をできるだけ早く手に入れて、それを多くの経営者に伝えたいと考えたのです。